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脳外科医 手の震えとうつ病の体験の手記 身の毛もよだつ最悪の日々からの生還

脳外科医の私の緊張と抑うつ状態(症状は手の震えとうつ病)の身も震えるような体験記となっています。もし私の手の震えとうつ病が治らなければ退職に追い込まれていました。そうなっていたら何のために脳外科医になったのだろう。。。苦節十数年以上の努力が無駄になる。私の人生は何だったんだろう・・・背筋も凍るギリギリの経験でした。克服していない未来、私はどうなっていたのだろう

脳外科医が経験した緊張型手の震えと不眠症、そしてうつ病。夢破れ人生でも

緊張型手の震えにより手術が怖くなり不眠症、睡眠障害、うつ病の苦しみを経験しました

私には、脳外科医を続けたくても続けられないほど、精神疾患が悪化したひどかった時期があります。

大学で6年、研修医を経て、脳外科医となり、やっと一人前になれたかという時に、まさかの『緊張型手の震え』の症状で苦しめられることになりました。

そして、過重労働や手の震えのストレスで不眠症になり、うつ病にまで至りました。

 

薬も増え続け、以前のような頭の冴えがなくなり、集中力が出てこない。やる気が起きない。

そんな人間が脳外科手術をしなくてはいけないのだから、私は、ますます追いつめられていきました。


病院をやめ、人生の夢だった医師をやめ、うつ病を持ちながら、私は、もはや社会復帰できないと絶望を感じました。

次の仕事の心配も考えられないほど落ち込み、生きていてもしょうがない、すべてを精算したほうが楽だという、人の命を救う医師としてあるまじきことを考えていたのです。

 

人の命を握る、そしてその腕と技術によって患者さんの命を救う、そんな職場で命を燃やして働きたいというのが、私の長年の夢でした。

しかし、気持ちの張り合いがなくなり、医師であるはずの私が「生きるか、死ぬか」の瀬戸際に立たされてしまったのです。

医師も人間とはいえ、その情けなさといったらなかったです。

その完全主義的な考え方も私の緊張と震えと鬱をひどくした原因だったのだと思います。


恥ずかしいことに、脳外科医でありながら、自分の脳内のトラブルには全く対処できませんでした。

悩んでいる時、私はなんて無力なんだろうと思い知りました。人を助けるどころじゃない。

 

不眠症からうつ病になっていった1年は、人生最悪の時期でした。

為す術がなく、後悔と鬱憤とひどい落ち込みの連鎖に、発狂したくなるほどでした。

狂ってしまったらどんなに楽なんだろうと思いました。

 

医者だったら手が震える症状は致命的です。

不眠症だったら、ただでさえ過重労働の医師の仕事だから、毎日がきついです。

うつ病になったら、仕事はおろか、私生活も最悪になります。

これらの症状以外でも神経症精神疾患にかかると、夢が潰えてしまいます。

 

だから、なんとしても克服をしましょう!

私は最悪の時期のあと、最高の出会いがあって、そして運良くこれらの症状を解決できました。

今も大学病院で脳外科をやっています。抗うつ薬の断薬に完全成功し、元気で仕事ができ、結婚もし幸せな家庭を築けています。

自分の命も潰えそうになった人間でも、患者さんの命を救うという夢を、再び取り戻すことができました。

 

 

私は、同じ苦しみを背負っている人の力になりたいです。

脳外科医になったのも人助けです。

しかし、こちらは患部が眼で把握でき、答えがわかっている病気です。

神経症精神疾患は見えません。だから対処しようがありません。

いくら脳の仕組みを知っていても、精神面は自分で治そうとすると、もっと暗闇に入り込んで、手が届かなくなってしまうのです。

 

だからこそ力になりたいんです。

まだまだ人生をお捨てにならないでください。

いくらでも夢を取り戻すことができます。

できれば、早いうちに克服に向けた行動を起こしましょう。

 

あしかわトンボ

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