脳外科医 手の震えとうつ病の体験の手記 身の毛もよだつ最悪の日々からの生還

脳外科医の私の緊張と抑うつ状態(症状は手の震えとうつ病)の身も震えるような体験記となっています。もし私の手の震えとうつ病が治らなければ退職に追い込まれていました。そうなっていたら何のために脳外科医になったのだろう。。。苦節十数年以上の努力が無駄になる。私の人生は何だったんだろう・・・背筋も凍るギリギリの経験でした。克服していない未来、私はどうなっていたのだろう

脳外科医としての自信をなくし、不眠症、そしてうつ病になる最悪の一年間

緊張型の手の震えのストレスから不眠症になっていった

手術への不安、いくら努力しても解決しない緊張型の手の震え、うまくいかない私生活のストレスから、徐々に不眠症になり、ベッドに入るとそわそわして落ち着かなくなりました。

神経が興奮し、眠ろうとしても過敏になっていくのです。

眠らないと明日のオペに響くと思うと、焦り始め、もっと眠れなくなりました。

いいベッド、いい敷布団、いい枕に変えても無駄でした。

ヒーリングや呼吸法をしてもダメでした。 

 

明日もつらい状態で仕事をしなくてはいけない、休みたいけれど眠れない。

私は、発狂しそうになりました。

ただでさえ、手の震えの苦しい悩みがあるのに。

イライラがマックスに達し、ベッドから跳ね起きては、ギンギンギラギラの眼で暗闇を睨みつける、そんな毎日でした。

 

どうせ悩んでしまうのならば、どちらか一つだけに絞って欲しい、手の震えか不眠症か。

しかし、いつまで経っても改善に向かわない症状のせい、もっとひどいうつ病に私は、なっていきました。

 

 

医師として、私は、薬は極力飲みたくありませんでしたが、背に腹は変えられません。

睡眠薬を飲むことで、不眠症対策とした私でしたが、うつ病の進行までは防げませんでした。


仕事に行きたくない、集中力が落ちる、ずっと寝ていたい、体が動かない、ひどい落ち込みが襲ってくる、頭が重い、言い知れぬ苛立ち、発狂したくなるほどの息苦しさ、将来への不安と絶望感……

朝起きた時に、鬱の症状はひどかったです。

うつ病になってから、しばらく抗鬱薬を服用して、脳外科の仕事をしていました。


しかし、薬はいつか必ず効果が薄くなる時があります。

このことを知っていた私は、薬に対して医師でありながら懐疑的で、飲みながらも不安でした。

一生薬漬けで暮らすことだけは避けたかったのですが、やむを得ず私は服用し続けました。

その怯えもいけなかったのでしょうが、鬱をその時の抗うつ薬の量では抑えられなくなってきました。

 

そのため抗うつ薬が増えていき、私は、このままだと確実に医師をやめることになると恐怖しました。

鬱の落ち込みは何とかなっても、集中力が散漫になり、簡単なミスをしてしまう可能性を誰よりも感じていたからです。

せっかく苦労して、子供の時からの夢を実現させた脳外科医をやめざるを得なくなる未来を考えると、鬱が良くなるわけがありません。

 

もし本当に挫折したら、自分には生きている価値が無いと思いました。

私の人生も夢もすべてにケリを付けて、楽になってしまおうと考え始めました。

私が、楽になるにはその道しかなかったのです。

命を救っているはずの私が、こんなことになるなんて。

救われた患者さんも、私の苦境を知ったらどう思ったでしょうか?

 

どの道、医師をやめたら、うつ病もあり、別の職業なんて考えられず、社会的に廃人になるか、自殺をするしか無いと思いつめました。

つかんだ夢が灰になるのならば、その悔しさやショックをいつまでも味わいたくない。

それならば灰になるのは私のほうが良いのではないかと思いました。

 

不眠症で苦しみ、そしてうつ病へと仕上がっていたのは、本当に早かったです。

一気に坂道を転がり落ちた感じでした。

一年ちょっとうつ病で苦しみ、地獄から抜け出せたのは、あることがきっかけでした。

 

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